さっき将棋の名人戦の中継見てて、
しっかしこの着物きたオジサンたちは、なんでまぁこんなゆっくりのそのそ動くかね、
っと毎度ながら思ってたところ、
羽生名人がこれまたのっそり右に体を向け、茶碗のフタを取り、すっすっさんしぃご…とばかりにフタを振って雫を茶碗の中に丁寧に落としてからフタを横に置き、おもむろに茶碗を引き寄せ、ずっ、ずっ、ずーっと啜ってしばし固まり茶碗を茶托に戻すまで45秒くらいかかる。
で、「あ、それダメ。しずく茶碗の中落としたらフタの意味無い」って言ったら、
「マナーブックではしずくは茶碗の中に落とすってなってますよ」
って言う人いるから今ざっくりググったら、ホントだw みんなそんなんばっか。
「社会人のマナー」
だ「大人の作法」だ言ってデタラメばっか。
またおおかた細木数子みたいなインチキが撒き散らしたウソを真に受けて伝染拡散しちゃってるんだろうけど、 しずく中に入れるのは、よっぽどの物知らずか主人にケンカ売りに来た人かのどっちかってことになるから気をつけなさいね、ってのが今回の話。
なんでしずくを中に入れちゃいけないか。
あれ苦いの。
「蒸留水は無味無臭のハズだ。それともウチのフタは苦いので汚れてるとでも言うのか」
そうじゃない、絶対的には無味無臭かもしれないけど、相対的には苦いの。
水ってもんは苦いの。硬水軟水とかの話じゃなく。
それをまろやかに、甘みすら感じるように飲ませようってのがお茶でありお出汁なの。
聞いただけじゃわからないだろうから試してみてね。
鍋二つ並べて同じように引いた出汁で吸い物でも作ってみてね。
片っぽは手を放す時はマメに蓋をして、もう片っぽは開けっ放しで。
で食べ比べれば蓋しながら拵えた方が苦いから。
「さあ、この吸い物はフタかけて作ったでしょうか、フタ無しで作ったでしょうか」って聞かれたら難しいけど、並べて比べれば十中八九の人に判るくらい確かに違うはずだから。
茶や山菜野草の芽、葉、茎の淡い香りを、テアミンだグルタミン酸だってアミノ酸類で増幅して愉しみましょう、て時に分離独立した蒸留水が割り込むと邪魔なの、苦いの。
カウンターの割烹とかで仕込みを除く一部始終を目の前で見られるとこあるでしょ。
見てごらんよ、椀物拵える時、鍋にフタなんか使わないから。
どしても工程上必要って場合にはしずくが中に落ちないように木蓋傾けてかけたりする。
サバの味噌煮とか寄せ鍋とか、そういうガサツなのは別だよ、繊細なお出汁の風味とか淡い素材の甘みとか味わうものにはフタ使わない。
もうじきお正月かもしれないから言うけど、お雑煮のお汁こしらえるでしょ、澄んだやつのね。
元旦の10時くらいに支度して食べて、どうせ3~4時間したら誰かまた食べるんだし年始のお客さんでも来るかしれないから多目に作っておきましょ、なんてね。
その時放置する間にフタかけちゃダメ。
それが二度目に味が曇ってたり濁ってたりする元凶。フタせず放置。
苦味が物足りない、我が家の味じゃないってんなら三つ葉でもセリでも好きなだけ叩き込め。
「開けっ放しじゃせっかくのお出汁の香りが飛んじゃうじゃないの」ってね。
フタしようがしまいが香りは飛びます。
それフタしておけば飛んだ香りが汁に戻ってくれたり、しません。
むしろそのくらい空気に触れた方がいいくらい。
またカウンター割烹の板前の話ですけど、お出汁に返しかなんかいれてなんらかのお汁を即席で作る時、沸かないように冷ます意味も含めてお玉で高々掬い上げちゃツーっと鍋に垂らして戻すっての繰り返してるでしょ。
いくらか空気に触れさせて酸化促すと合わせたもろもろのカドがこなれて馴染む。
ツユのデキャンタージュ。
ホントは奥の板場で出汁は引き立て、返しは寝かして馴染ませたってのを使うべきなんだけど、そういうとこじゃ目の前で一から即席であっという間に拵えて見せるってのがカウンター芸、むしろご家庭のお台所じゃ参考になる。
多少風味が飛んでも仕方無いんだから5%飛ぶならそれ見越してその分出汁強めに使えばいいんだから。
これは苦味とかとは直接関係無いんだけど、漬物樽の木蓋とかカビ湧いてることあるでしょ。
でっかい瓶で作っちゃったジャム惜しみ惜しみ食べてたら表面これカビかしら、とか。
あれも蒸発した水分がフタで凝結して戻った水だからカビが繁殖できる。
塩とか砂糖とか濃く溶け込んだ水は結合水って言って繁殖に液体の水を要する種のカビが利用できない。自由水が少ないとも言う。
これを「水分活性(Aw)が低い」って言って、この0~1までのAw値がおおむね0.85切ってると、その種のカビは胞子が入っても増殖できない。塩漬け砂糖漬け干物の原理。
瑞々しく0.90くらいでいきたい食品はより強く無害なカビや真正細菌で先にコーティングしちゃう。チーズや納豆の原理。
なのでジャムの上澄みとか漬物樽のフタとかに得体の知れないカビが湧いてても、そこだけ取っちゃうとか触れてないとこだけ食べるとかで大丈夫よ、だいたいは。
でもカビの危険ってだいたいは増えたカビそのものじゃなく増殖時に産生する毒素だからカビ取り除いても生成毒素しみこんでたりすることもあるけどね、ドンマイ。
とにかく蒸留水のしずくはそんなとこでも面倒起こしてる。
忘れてた、かれこれ40行くらいお茶の話じゃないじゃない。
というわけで「フタについたしずくは苦くなる元だから戻しちゃダメ」
という点については合点して頂けましたでしょうか。
玉露や中国茶用のいわゆる蓋碗、碗より直径小さなフタ乗せてずらした隙間から葉を漉して啜るあれは別だよ。
煎茶の場合、わざわざ茶碗の直径より一回り大きなフタをかけてあるの。
淡い素材を繊細なお出汁で味わいたいのに蒸留水まみれになりやすい茶碗蒸しなんかも外にかかるフタかけて蒸すの。
茶碗蒸しの場合は落ちたしずくがスの元になるからってのもあるんだけど。
湯呑みのフタは、しずくが中に落ちないようにサッととって横に返して置くの。
その時しずくがフタの縁から外に一滴二滴落ちるかもしれない、だから茶托が敷いてあるの。
フタのしずくダラダラ垂らして茶托が水浸しの、浸かってびちょびちょになった茶碗を取ったら糸底についたしずくが卓や着物に飛び散りの、ってのは単なるノロマだ、サッとやんなさい。
あと焙じ茶や蕎麦茶みたいの長湯呑みで杉かなんかの平たい木蓋乗せて出すとこあるね。あれも要はそういうこと、しずくが中に落ちにくくするためのわざわざのご配慮。
それをまたわざわざ返しに中へしずく切ったらせっかくのご配慮台無し。
だから、
「かしこまった和食の席で、椀物のフタがピッチリ閉まっちゃって取りにくい時は、お碗のフチを直径方向に押して歪めてやると空気が入って取りやすくなります。これが正式なお作法です」
ってのはね、椀物に内にはまるフタかけて客に出す時点でこれどーなのって話なんです、本来は。
引き合いに出すのもなんですが、昔のやんごとなき方々のお食事、大御餐(おほみあへ)って言いますけど、椀物のフタはカワラケね、素焼きの。愛宕山から「ぷっ、よっ、」ってアレ、で判んなかったら、おぎのやの峠の釜飯のフタ、あんなのね。
あれ素焼きだからいくらか水吸ってくれる。
大膳からお上の元まで運ぶ間に無用に冷まさない、かつ中にしずくを落とさない工夫。
お上はフタ取らないよ、侍女が外して返す。と大膳戻って割っちゃう。使い捨て。
炊飯器ピーコロ鳴って「イヤッホウ! 炊きたてのメシは最高のごちそーっ」ってせわしい人はあれだけど、ちゃんとした家や店では炊きたてのゴハン釜からいきなりよそわない。
ちゃんとヒノキや本サワラのお櫃にとって粗熱や余分な水気抜く。
その時にも飯移したお櫃にふきんかけてからフタをする。しずく落ちないように念入れて。
だから「フタのしずくを茶碗の中に落とす」ってのは、
「へぇ、あっしゃモノの味も判らない田舎者でござい」って見られるくらいならまだまし。
「お宅さんのお茶なんざフタのしずくも同然」って言って見せるような話なの。
主に招かれた客の態度としてどーなの、それが返事なの? ってくらい無礼な話なんだホントは。
信長なら槍で一突きだよ。
豪快ガサツにがっつりいくもんはいいんだよ、濃い味系とかは全然。
天丼のフタだって内嵌りの寸法だ。あれいきなり開けてがっつかず、ゆったりお箸を割っていよいよ行くかと思いきやお新香ひとつまみポリポリ。盛り上がった種物にフタで若干プレスかけながら蒸らして待つ数十秒がたしなみある紳士淑女のお作法。
実際ぼくはそれほどお上品なこだわりなんかないんだけどね。運ばれてきてからマッチの軸幅ちょうど1.3mmフタが沈んだとこでさっさと開けて食べ始めちゃうくらいせっかちでいいかげん。
うなぎなんかもね、丼と内にはまるフタの間からしっぽが覗いてるようなやつね、アレは大衆の食べ物。
木の塗り物に入って外にかかるフタが嵌ってるとぐっとお高くなる。うな重って、そうゆうのが昔はあったんだよ、平成に入ってから見てないけど。
要はあれ、「ワイングラスはボウルに触れちゃダメ」とか「スパゲッティ食べるのにスプーン使うのはあちらではコドモのすること」とか「日本で初めてチョッパー奏法したのはいかりや長介」とかのたぐい。
誰かの勘違いかイタズラが一人歩きしちゃった亡霊。
フタのしずくについて、なんかもっと大事なこと書くつもりだった気がするけど、何だったっけなあ。
まいいか。今日は重い画像貼らずに済んだし。
ちなみに表題の「行方」は「ゆくえ」と読みます。「なめかた」ではありません、念のため。
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