土曜日, 1月 10, 2015

「地球の自転速度は徐々に遅くなっている」という誤解

今年、世界標準時における6月30日23時59分59秒のあとに 23時59分60秒を挿入する、
いわゆる「うるう秒」の実施が決定しました。
日本時間では7月1日に“8時59分60秒”が挿入されることになります。

「なんだ、またかよ」
「うるう秒って挿入ばかりで削除操作されたことないよな」
「地球の自転速度がだんだん落ちてってる証拠」
「だんだん一日が長くなってくのかー」
「そのうち自転止まるかもね」

それたぶん誤解です。

さっき小学生新聞の記者さんもこうつぶやいてました。
https://twitter.com/tomo_asagaku/status/553791244569022465
百年間で一日あたり二ミリ秒(千分の二秒)のペースで遅くなります。


わかりやすく簡略化して表現したんでしょうが、
なんか "2ms/d/100y" みたいなのもムズムズきます。
誤解を招きやすい表現です。
「この百年で… …遅くなりました。」と書くべきでしょう。
ここんとこを国立天文台ではこう説明しています。
19世紀の約100年間の地球の自転による1日の長さの平均が24時間に等しくなるように定められましたが、1990年頃には、地球は24時間より約2ミリ秒(1ミリ秒は1秒の1000分の1)長くかかって1回転しています。1回転にかかる時間が100年間で2ミリ秒長くなっていることになりますので、もしもこの割合がこれからもずっと続くと考えると、5万年で1秒、1億8千万年で1時間長くなることになります。このことはつまり、1億8千万年後には、1日の長さが25時間になってしまうということを意味しています。(国立天文台 よくある質問 「1日の長さは変化しているの?」)  
このままでは一日の長さはどんどん長くなっていくんじゃないの?
どんどんマイナス加速度ついて今の一日86400秒が百年後には87000秒くらいになって、
そのうち自転止まんじゃないの? しまいに逆回転し始めたりして、お日様西から昇るの?

西から昇りません。止まりません。たぶん。


この節は読み飛ばしてかまいません。
1967年に「1秒とは基底状態の二つのセシウム133原子の超微細準位の間の遷移に対応する 放射の周期の9,192,631,770倍の継続時間」という定義が決まりました。
よく見かけますね、さっぱり意味わかんなくっても大丈夫です。
でその精密な時間を元に1820年からの観測結果など遡って分析した結果、1967年までの147年間に自転一回転にかかる時間は0.002秒ほど長くなっていた、ということが判ってきました。
この精密な1秒の定義をコヨミにも繰り込もうというのは最初からの目論見でもあったので、
1970年に国際原子時(TAI: Temps Atomique International)を導入する時にも
「将来的にTAIと暦表時(ET: Ephemeris Time)にズレが出たらETに合わせるようにTAIの方で1秒出し入れすればいんじゃね?」ってことで成り行き任せの見切り発車でスタートしました。
運用・観測の結果さっそく1972年には最初のうるう秒が実施されます。
この年の観測で天文学的一日(ET)は、TAIでいうところの 86400.003秒あったのです。



このままどんどん地球の自転は遅くなっていくんじゃないのか、という議論があったのは確かです、
40年以上前の当時。
やれ大気の摩擦が、やれ潮汐が、やれ相対論的効果の過小評価が、等々。
いや科学的議論というか世間的話題だったんですけど。
時間やコヨミ決めた科学者さんたちは、そもそもETとTAIには差異があるだろうさってのは織り込み済みだったわけで。
通俗的科学風読み物の世界ではしょっちゅう扱われ、その世界では通説のような振る舞いを見せていました。

「なに、その72年の第一回うるう秒から今日まで25回、すべて挿入だったじゃないか」
「そうだそうだ、一度たりとも秒の削除は無かったぞ」
「地球の自転速度が年々落ちてる何よりの証左だ」


ここに一日で2秒ススむ時計があったとします。
毎月一度は1分戻してやります。
そうしないと実際の時間のズレはだんだん溜まり、5年後には1時間もススんでることになります。
でもとっても正確な誤差を持つ時計なので10年経っても20年経っても一日に2秒ススみました。
時計の針の回転速度が年々加速してったわけでもないので、相変わらず月に1分戻されます。
この時計、もしだんだんススみが落ちてきたらどうなるでしょう?
30年後、一日に1秒のススみになっていたら、二カ月に1分戻してやればいいことになります。
でも戻すだけでススめる必要はまだ無いでしょう。

実際の1972年に最初のうるう秒を挿入してからの実施回数を10年ごとに見てみます。
1972-81年まで、11回挿入
1982-91年まで、 6回挿入
1992-01年まで、 6回挿入
2002-11年まで、 2回挿入
2012年に1回、今年は3年ぶりの挿入実施です。
だんだん回数は減っているのです。
ざっくり言うと70年代に比べて自転速度は早まっているのです!


先に引用した国立天文台のQ&Aもあの後こう続きます。
しかし、この割合でずっと地球の自転が遅くなり続けるのかどうかはわかりません。現に、2003年現在、地球の自転を観測すると、地球は24時間より約1ミリ秒長くかかって1回転しています。1990年のころと比べると、地球の自転速度は、むしろやや速くなっているのです。


緑の線が ET-TAI, 天文学的1日マイナスTAIの86400秒
上の図は実際の一日の長さとTAI86400秒との差(グレー)、その年平均(緑)、その差の累積(赤)、うるう秒を挿入したタイミング(赤ツブ)です。

非常にフラクタルといいますか、この上がったり下がったりしてる緑の線も今後長期的な波がどうなるのかは判りかねますが、とりあえずこの半世紀くらいの間では増減しながらTAIに近づきつつあります。
72年頃をピークに15年ほど減り(自転は早まり)、6年ほど増え(遅くなり)、10年ほど減り、3年ほど増え、なんだか横ばいになり…
だんだん借りを返してるようです。


さて、このうるう秒ですが、時間や暦を扱うそれぞれの立場で是非が異なります。

 天文学者: 天体の動きを正確に記述するには0.5秒以上の誤差は許せぬ
 軍事・宇宙開発: 飛ばしちゃった宇宙探査機とかGPSの調整とか面倒くせえよ
 物理学者: 静止座標系における時間の長さは絶対不変じゃ

とかなんとか、それぞれの立ち位置、力関係で国ごとにも賛否はわかれます。
米国やその科学的同盟国である日本あたりは
「どーせそのうちTAIに近いあたりに収束すんだろからほっといてもよくね?」
といったところでしょうか。
なんにせよとりあえず今年の実施は決定しました。


ついでにいうと4年に一度うるう日を入れ続けてるからって、
公転周期が落ちてるわけじゃないんです。
最初っからそうゆうもんなんです。
一年の日数なんて公転周期を自転周期で割っただけなんですから半端出て当たり前なんです。


とにかくそうゆうことです。
地球の自転速度は心配しなくちゃならないほど落ちてませんし、
一日の長さも伸びてませんから、寝坊の言い訳には使えません。
当日1時間目の授業が1秒長くなるだけです。


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