火曜日, 3月 27, 2012

旭國の"旭"って

旭國の大島親方が今場所限りで停年を迎え、大島部屋は一旦解散、友綱部屋に合流ということで、なにはともあれお疲れ様でした。

で、まあ大関旭國の思い出、大島部屋にまつわる当たり障りある色々、書きたい気持ちをグッと抑えて今日は大島部屋力士の冠号「旭」の由来についてあっさりめにひとつ。


旭國は北海道旭川近郊の愛別町の出身。
だから旭川の旭をとって旭國、と思ってる人が随分多いようです。

旭鷲山なんかもそんなこと言ってます
「旭川は第二のふるさと。師匠の大島親方は愛別出身の元旭国。その『旭』は旭川から。私の『旭』の由来も旭川からです」
でもこれたぶん違いますよ。


愛別町に「旭山」という集落があったんです。
このへんですね。


大きな地図で見る

旭山って言うと今は「旭山動物園」が全国的に有名ですが、あれは旭川市内の東部にある旭山で全く別の場所です。

旭國こと太田武雄くんは、この愛別町の山間にある旭山って集落の開拓農家の三男として生まれました。そして旭山小学校に通いながら農作業の手伝いなんかしてあの小兵と思えぬ足腰を作りました。
この愛別町旭山には昭和61年に愛別ダムってのができて、集落の半分近くが水没しました。
最寄の協和って集落への道路も分断された。
それでみんな移住して現在は住民0の廃村です。

その辺のいきさつはここが詳しいです。
大相撲こんな事 元大関旭国・大島親方の生家・母校跡地を訪ねる

旭國こと太田武雄くんが通った旭山小学校
北海道廃校跡調査報告 愛別町立旭山小学校

ついでに
日本の過疎地 愛別町旭山

というわけで、旭國の「旭」、大島部屋力士がみんなつけてる「旭」は、「旭川」じゃなくて「旭山」が本来の由来です。

どうです。この実に今更感あふれる豆知識。



ところで旭國が育った立浪部屋には、その20年くらい前にも同じ旭國って力士がいたんですね。
こちらは正真正銘の旭川出身。
なんか関係あんですかねえ。

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