金曜日, 2月 13, 2015

日本人一人当りの原油輸入量を畳敷きの深さで表してみる

算出期間は1960年~2011年までの52年間、
原油輸入量は資源エネルギー庁の資源・エネルギー統計年報・月報
人口は統計局の人口推計を使った。

集計した素のデータは以下の通り。
テーブル張ったらまた壊れたんで、画像で失礼。

表1

まずこれを元に日本の「年間原油輸入量」の推移をグラフにしてみる。
縦軸の単位は千キロリットルである。
グラフ1
日本の原油輸入量は戦後30年近く増え続け、1966年に1億キロリットルを超え、
実に第一次オイルショックの1973年こそ2億8862万キロリットルと今に至るまでの過去最大量を記録した。
第一次オイルショックでは原油価格の高騰にも関わらず、その後の数年も輸入量が高止まりしていることが読み取れる。
輸入量が目に見えて減るのは、イラン革命を受けた79年の第二次オイルショック以降である。
この時期国際的原油価格はむしろ逓減傾向であったにも関わらず、日本にとって主要供給国であるイランの採掘量・輸出量の激減が日本経済に深手を負わせた。
日本社会が本気で省エネ・脱石油依存に目覚めたのはこの機であった。

プラザ合意に始まる円高不況を乗り越え、輸入量が底を打ったのは86年、
この年の12月からは景気動向指数が実に51ヶ月にわたって拡大し続けたいわゆる「バブル景気」にあたる。

その後94年に再ピークを迎え、以降現在まで緩やかな漸減傾向にあるといえるが、
現在なお2億キロリットル以上を輸入している。



次に当該年間の日本の人口推移は以下の通りである。
ただしこれは「日本国籍者」の概数であり、外国人を含む実際の国内居住者はこの1~1.8%ほど多いのであるが、細かいことは気にしない。
だいたい千人単位なんだし。
縦軸の9000万人以下を省略しているにも関わらずそれを示す波線が入ってないのはグラフウィザードでの入れ方が解らなかったからであり、どうせ画像で貼るのだから適当にコントラスト落とした条虫の絵でもペーストしとくという方法もあるのだが不恰好だし第一めんどくさい。
悪いとは思っている。
グラフ2
日本の人口は戦後順調に増加を続けた。
1966年の人口増加が一瞬鈍化するのは当年が丙午であったからである。
それを乗り越え67年前半には一億人を突破すると、しばらくは緩やかに増加を続けた。
03年に1億2620万人を超えてからは頭打ちの様相を示し、07年の1億2635万人をピークに現在は減少期を迎えている。



年間輸入量を人口で除すことで、一人当りの年間原油輸入量が算出されるわけだが、
それはもう「表1」の時点で出してしまっていた。

そこで「一人当りの年間原油輸入量」を「タタミ一畳分の底面を持つ桶」汲んだら
どのくらいの深さになるか、を算出してみた。
「タタミ一畳」の面積については、

「京間と江戸間が…」
「近年は団地サイズや…」

と小煩い能書き垂れたがる者もいるが、そんなもん換算用のタタミ一畳なんて半坪に決まっている。
ここでは「1.65289256㎡」を採用する。


結果、出力されたものが下のグラフである。

グラフ3

73年には日本人の成人平均身長に迫る160.9669cmを叩き出し、これが現在に至る最深値である。
64年には膝の高さ程の46.6609cmであったのだから、10年間で実に3.45倍も深くなったわけである。

その後85年から1mを切る状態が4年続いたが89年再度1mを超え上昇を続け、94年の133.4204cmを再ピークとして現在まで緩やかな減少傾向が続いている。




ちなみに1972年生まれの日本人が2011年に40歳になるまで1畳分の底面積を持つ桶に毎年一人当たり原油輸入量を溜め続けた場合、その積算深度はは4837.235cmとなり、これは奈良の大仏(東大寺盧舎那仏像)の台座を含めた高さの約3倍に相当する。
東大寺盧舎那仏は坐像であるが、仮に立ち上がったとしても頭は出ない深さである。
片足立ちに背伸びして万歳しても指先すら出ないであろう。
もっとも底面1畳分の桶には大仏の片足とて入らないのでそもそも無駄な算段ではあるが、グリコのポーズで原油まみれになってる大仏は想像するだに不憫である。




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