土曜日, 2月 07, 2015

伊豆大島に行ってきた件 3/5 主に波浮、少しその他

                  ↑  1/4、2/4ときて、すっとぼけて3/5

波浮見晴台から見下ろす波浮港
二日目は日曜日。
朝食を済ませて外に出たのが08:15くらいだったようです。早起き。
この日は大島最北端の岡田から最南端の波浮まで行きます。
バス代片道1,000円くらいかかるらしいんですけどそんなもん知りません。
2日用フリーパス持ってますから。

カメラのタイムスタンプ見ると08:23岡田発―08:40元町着のバスに乗ったようです。
波浮に行く次のバスは10:00だそうなんで、
それまでぶらぶら散歩しながら火山博物館でも覗こうかと。
伊豆大島火山博物館
なんかすごいの聳え立ってます。
測ったら幅60mあるみたいです。三十三間堂ですね。
高さも20m近くありそうです。
どこの持ち物なんでしょう? 町立ではないようです。
東大地震研も一丁噛みしてるって聞きましたから科博みたいな国立系独法かなんかでしょうか。
国際会議も開けるようにとのことですが、何回使ったんでしょうね。
国交省所轄の防災関連予算なんでしょうが。
あーそういえば、この博物館のすぐ上のあたりが2013年土砂災害の激甚被災地です。
とにかく立派です。
入れ物だけの虚仮おどしかと思えばさにあらず、結構充実した展示です。
伊豆大島三原山だけに留まらず、全国の、世界中の火山についてきめ細かい展示がありました。
例によって来館者はほとんど無く、学芸員の先生に当初サシで案内して頂きました。
10分くらいかけて一階の最初の部屋の半分くらい説明してもらったところで、
5~6人の中高年男性グループ客が合流。
なんだか眠いこと聞き出したので離脱。
あと適当に自分で見て回りました。
が、バスの時間が迫ってたので半分も見られないうちに退館。
ちょっと勿体なかったです。

博物館前から10時過ぎのバスに乗車、波浮まで30分ほどかかります。
他に客もいないし、どこにも停まる気無いようにクネクネ道をガンガン飛ばします。

道中、千波崎を過ぎた切り通しに「地層切断面」が見えてきました。
案外壮大。
窓越しに写真を撮ってると、運転手さんが
「あ、写真撮りますかー?」
って言ってバス止めてくれました。一人で貸切バス。

「地層切断面」
こんなのが500mくらい続きます。
「バームクーヘン」という通称もあるようですけど、ずいぶん昔についた渾名なんでしょね。
今ならミルフィーユとか言うんじゃないでしょうか。
ほか、「地層切断面」 でググると死ぬほど写真出てくるはずなので以下略。

バスはいったん「波浮港」に着き、
そこから引き続きスイッチバックするように終点「陸上競技場前」に向かいます。
その手前の「波浮見晴台」で下車。
さっそく目の前に廃墟風建物。
なんか元水族館だったみたい
「見晴台」には皇族行啓幸記念碑みたいのが建ってたんですけど、
写真逆光で全く読み取れない。
たしか昭和30年代に(昭和)天皇皇后両陛下が御来島、
それを機にその後の数年間に皇太子殿下(今上陛下)は来るわ、
秩父宮の勢津子さまと三笠宮の百合子さま連れ立って来るわ、
皇室内でちょっとした大島ブームがあったようで、その記念碑。

「殿下、伊豆大島は如何で御座いました?」
「うん海も綺麗で山も登ったし楽しかったよ」
「いいですわね、アタシも行ってみようかしら」
「アラおひいさま、アタシもご一緒したいわ」
とかなんとか、のどかな時代。
今時雅子さま紀子さまが連れ立って旅行なんか…
いや、したきゃしたって結構なんです、が。

さて、まずはこの「見晴台」からとりあえず「龍王崎灯台」まで歩いたんですが、
当然素直に最短距離とか歩かない。


大きな地図で見る

わざわざこういう遠回りする。
後で見たらだいたい「文学の散歩道」とかいう名前がついたおすすめルートだったらしい。
たしかに50mおきくらいに文学碑が立ち並んでた。

保育園の裏を過ぎると細く静かな道。
島内十ヶ所くらいはある「椿トンネル」の中でも特に静かで遠く潮騒なんかも聞こえたり。
クルマさえ通らなければ。
たぶん「沖の根椿トンネル」

ほんとはもう少し先、筆島が見えるあたりまで行くつもりでしたが、
今どのくらいまで来てるか見当つかず、南方向へ戻ります。
一周道路に出たら向かいがお寺。
よくわからないまま海がありそうな方角へ南下してったら「史跡名勝 鉄砲場」ってのがあるらしい。
ので行ってみました。

「この鉄砲場には港口の左右に大砲が二基、鉄砲が五挺、槍が十筋、投石用の小石・直径三寸と転げ落とす為の大石・十貫目を大量に配置した。」

こりゃ蒸気船には敵わんわ。

防空壕
「鉄砲場」からの波浮港
もうこの頃にはカメラの電池が切れ切れで、だんだん写真も減ってまいります。
この「鉄砲場」が小さな公園風になっていて、「龍王崎灯台」も同じ敷地に建ってましたが、
写真なんか無い。
で、その灯台の脇の茂みが、なんか入れそうな気配。
もうね、前日の「海岸遊歩道」でエライ目あってますからね、楽勝気分で侵入しました。
けもの道みたいのを降りた先に唐突に鳥居が。

龍音様
こりゃ大島島民でも波浮の人しか知らないんじゃないの、ってなとんでもないとこに立派な祠。
とりあえずお参り。

この後、どこをどう歩いたんだか判らないです、道だと思って人様の敷地入り込んでみたり。
波浮七福神?
七福まとまっててたいへん便利

で、しおらしく反省してその辺にいた爺様に港の方に降りる道を訊ねたら、
「そこの大きな門入ってくと裏に抜けられるからよっ」
ってあらためて人様のとこ入ってけて言われたもんで恐る恐る入ると、
なんか施設公開してるみたいです。

旧甚の丸邸だそうです
今でこそ東海汽船が入る元町や岡田がでかい顔してますが、
元々大島で先に栄えていたのは波浮なわけで、
このあたりには古い網元の立派な屋敷や
遠洋漁業基地として栄華を誇った時代の旅館なんかもあり、
たぶん波浮の人の意地なんでしょう、大島町とは別に独自の町おこしをしてるようです。
そのせいか、波浮にはそこいらじゅうに文学碑やらなんやらが氾濫してます。

この旧甚の丸邸 無料なんでしょうかね?
誰もいない。
近所のコドモかなんかがかくれんぼしてるだけ。
覗いてひとしきり眺めて反対側に抜けて出たら立派な門がありました。
どうやらぼくは裏門から入ってたみたいです。

出るとすぐに港に下りる石段が見えましたが、反対側からなんか美味しそうな匂いがします。

鯛焼き、たこ焼きカフェでした
島京梵天というそうです。
ちょうど良かった。12時頃、そろそろなんか食べたかったとこです。
「島海苔たこ焼き」とビール頼みました。
いやタコヤキ焼けないうちに持ち帰り用の「ハムチーズマヨ鯛焼き」も追加しました。
だってそばで食べてる人の美味しそうだったんだもん。

たこ焼き来た。
ご近所マップもあって助かった
この地図ネットに上げといてくれたらいいのになぁ。
ってか元町とか岡田の船着場に置いといてくれれば波浮まっしぐらで来たのに。

古民家リノベった小洒落た店内にGetz/Gilberto/Jobimやなんかが掛かってて。
駄菓子や民芸品なんかも売ってたり。
んな中、近所の中高生が溜まってる、そんな店。

この「島京梵天」、ゲストハウスもやってんだな。ふむ、覚えとこう。


店を出て港への石段降りる途中、
古めかしい家の玄関先に脚立立てて大工さんがなんか登ろうとしてるんで、
何が始まるのかぼんやり眺めてたら
「あーごめんねぇ、今どかすから。はいどーぞどーぞー」
ってなんだか無理やり招き入れられました。
なんですか、ここは。
あら電話室があるよ、こりゃただの家じゃあるまい
電話室の向うに、なにやらオバサンが机向かって仕事してるようなので声かけました。
返事が無いんでもう一度。
ガン無視。
身動きすらしない。
人形でした。

どうやらここが「旧港屋旅館」、「現・踊り子の里」だったらしいです。
二階の一室には「伊豆の踊り子展示室」みたいのありました。
川端康成の「伊豆の踊り子」です。
絹代、ひばり、小百合、百恵…の「伊豆の踊り子」です。
スチル写真や年表、ビデオの映写もしてます。

ん?
あれって湯河原とか下田とか伊豆半島の話だったよなー。
伊豆大島出てきたっけ?

踊り子のいた旅芸人一座が大島の出身って設定だったようです。
んなもん覚えてねーよ。

宴会してるのも人形
このボタン押すとすごいぞー
驚くぞー 腹抱えるぞー
木造三階建てなんですけど、三階は立ち入りできませんでした。
林芙美子が大の字になって昼寝して、目覚めたら歌一首できたって謂れの三階の部屋、
見たかったなー。
大の字なってみたかったなー。
大の字からの頭もたげの港見下ろしの、なんか一首できたかも。
そういや去年平塚らいてうや林芙美子憑かれたように読み漁ってたっけね、
いま他人事のように思い出した。

ここも入場無料なんでしょうかね。
大工さんに聞いても「さあねぇ」なんて言うんで、適当においとましました。
なんなんでしょうね、波浮は。
ただでさえ大島全体のほほーんとしてますが、ここらはなんかさらに違った時間流れてます。


今度こそ港に降りました。
「波浮の港」の歌碑ありました。
順々に叩くとメロディ奏でるチャイムチューブ付きです。

さっきの店で買った 「超羽根つきハムチーズマヨ鯛焼き」齧りながら歩いてたら
「鵜飼商店」という店に幾人かのお客がたかってます。
大島でこんなに人が集まってるとこ初めて見ました。うそですけど。
コロッケがずいぶん評判だったそうです。
知らなかったから鯛焼きくわえた口が開きませんでした。

バスの時間までまだあるようなので、「ぱれ・らめーる」とやらまでブラブラ歩いて、
そこの前から元町行きのバス乗ろう、
そーだそーだ、そうすりゃスタンプラリーもひとつ集められるし、って歩いてたら、
「ぱれ・らめーる」見えてきたあたりで向うから元町行きのバスが来てるじゃないですか。
慌てて走ってって乗せてもらいました。
なんか逆方向な気もしたんですが、元町行きって書いてあるし。
やっぱ逆方向でした。
来た道戻るように波浮港へ。折り返して元町に向かいます。
さっきんとこで待ってりゃよかった。

びゅーん
帰りは右手に断層切断面
元町戻ってこの日も御神火温泉へ。
大島バスのフリーきっぷのオマケで割引券ついてるからえっへんもので入ります。
800円だったかな、タオルとかも買ったんでよく覚えてない。
定価大人1,000円ですよ、高いよね。
早朝船が着く時は06:30~09:00まで600円ですけど。
でもって3日間券なら1,200円。朝夕何回入っても。
もー値建ての思想がわかんない。
島内居住者用の月間パスはもっと安い。
温水プールなんかもあるし、フル活用すれば決して高くないんですけど。

入ったらサウナが「調整中」とか札下がってて使えないの。
シオシオお風呂だけ入って出ようと思ったら、
みんな「調整中」無視して出入りしてやんの。
悔しいからちょっとだけ入った。ちゃんと使えた。

休憩所とか食堂とか併設してるんで、
湯上りなんか食べようかと思って覗いてみたら美味そうでもなく高いんで断念。
元町行きゃなんかあるさそーだそーだ、って行ってみたら
日曜だからか16時ちょい前って半端な時間だからかほとんどなんにもやってない。

船着場から都道の方にまっすぐ登る道沿いにようやく蕎麦やら定食やらの店あったから、
入って味噌ラーメン頼んだら、驚くほど不味かったし。
ド素人じゃんよ。
ほらね、不味そうなのは見かけ倒しじゃないんだから
これ食べて16時過ぎ。
18時から強制的に夕食なんだけどなー。
なんで食べちゃったんだろなー。
いい日だったんだけど最後のほうグダグダ。

http://www.yamayo.biz/bungaku/inoue.html
大島に蚊と牛糞なかりせば不寒不熱の極楽の里
「波浮の港を愛する会」より
井上圓了先生、大島にまで妖気垂れ流してるし。



金曜日, 2月 06, 2015

伊豆大島に行ってきた件 2/4 三原山~大島公園

岡田港 東海汽船待合所前
さあ今回も無駄に歩きます。

まあ特になにしに行ったわけじゃなし、
ふだん散歩してて知らない道入り込んで迷ったりしてんのが、
このごろ近場じゃちっとも迷わなくなってんで、ちょっと遠出して迷ってこようと。
だから歩き回ってるだけです。
これといってなんかしたわけじゃないです。
思えばこの半年で秋田行ったり新潟2回行ったり宇都宮だ高崎だって
用事もなく行って、歩いてただけですもんね。
で、お昼とか食べ損なってヒーヒー言ったとか。
今回もそんなかんじ。


金曜の夜に船乗ったので、土曜の朝06:00に岡田港に入港しました。
初日のそれからの話。

取ってた宿は岡田だったんですけど、そんな朝っぱらから宿入っても仕方ないし、
岡田ウロウロしててもどうにもならないんで、元町目指してダラダラ歩き始めました。
だいたいこんな道。道中わき道それて覗いてみたり戻ったり。


大きな地図で見る

地図で見ると真っ直ぐで無駄の無いルートに見えますけどね、
無駄なんですよ、山登ったり下ったり。
別にここ、歩かなくたっていいんですよ。
船が岡田港に入ったら、早朝でもなんでも元町行くバス来てますしタクシーもいます。
元町近くの御神火温泉、夜行の船が着く日は朝6時半からやってくれてますし、直行バスもありますから。
そこ行って町が目覚めるまでひとっ風呂浴びて時間潰してりゃいいんです。
ぼんやり眺めてたら、そのバス行っちゃいましてねぇ。
まあ元町まで6kmくらい、1時間半、道草食っても2時間だろうと。
ちょうど元町の観光協会始まる頃に着くだろうと。歩き始めました。

もう平らなとこないですね。
港出たらいきなり坂道。
それも最短の道まっすご行こうとするとかなりえげつない急坂。
クルマ迂回してますもん、ゆるめの道に。
胸突きの坂15分ほどでしょうか登って、
「岡田郵便局」の前あたりでようやく普通の坂道になりました。
このへんで既に標高100mくらい。
で、まっすぐ道なりに都道の「大島一周道路」行けば歩道も整備されてていいんでしょうけど、行きません。
左に逸れて「椿花ガーデン」方面へ。
だってこっちの方がクルマ少なくて静かそうだったんだもん。(正解)

人家もぽつりぽつりとしか無い。
こんなとこの半鐘たたいて誰が聞くんでしょうね

と、なんか道のわきでガサゴソっと物音がする。
よーく見るとこの中に何かが2匹以上いる
イタチ? でかいんですけど
体長30cmくらい、子猫くらいのが電線渡ってる。
あとで乗った大島バスの運転手のお姉さんに聞いたら、リスだそうです。
タイワンリス。
観光用のリス園から逃げ出して野生化したんだそうです。

「他にもねぇ、サルもいるんですよ。動物園から逃げ出したタイワンザルが野生化して。」
「あとねぇ、キョンもいますよー、逃げ出したのが繁殖して。」

逃がし過ぎです。
ちょっと裏道入るとそこいらにこんなの立ってます
「キョンを捕獲するため、わなを設置しています」
いっそ動物園のレッサーパンダも逃がしてみたらどうですかね、
繁殖しませんかね。
こうなるともう動物園の檻ってのは囚われてんのか守られてんのか難しいです。

浄水場なのか溜め池なのかの向うに朝日に照らされた富士山が見えました。
三原山方向に入る道とかいくつかやり過ごして歩くうちに、登りより下りが増えてきました。
相変わらず平らなとこはありませんけど。
ちらちらと前方に海も見えてきたり。


「赤穂義士 遺族の墓」って、義士本人ならともかく、遺族はいいんじゃないの?
って思ったんですけど、討ち入り時に15歳以上、成年に達してた男子は流されてたんですね。
生かして放置してると意趣返ししますから。
平治の乱でも討ち取った義朝の子を情かけて生かしといたら平氏滅ぼされましたもんね。
親の因果で流された四人の咎無き悲運の子たちの眠る墓所が近くにあるそうです。
行きませんでしたが。

都道に再合流
最後の坂を下って元町に入りました。
伊豆大島最大の町。
島だなー、なんかゆるーい。

で、付近ぶらぶらしてるうちに観光協会開く08:30になりました。
観光協会で宿泊割引券の手続きしたり、島内地図や各種パンフレット貰ったりしました。

この後なにしたらいいかサッパリ考えてなかったんですけど、
見たら三原山頂口行きのバスが08:50にある。
とりあえず行ってみることにしました。
で、このバス代、片道890円かかるんです。往復1,780円。
ところが一日フリーきっぷは2,000円、往復して岡田まで戻れば元取れるじゃない。
二日用は3,000円ですと!
どこで買えるのか元町港のお土産売店のお姉さんに訊ねたら、どこやらへ携帯(たぶん私物)かけて聞いてくれました。
バスの車内で買えるそうです。
バスが来たので買いました。
各種施設割引も付いててお得です。多分。

山頂口到着 戻るバスの時刻確認
島入ってバス乗ったの初めてでしたけど、元町から終点山頂口まで乗ったの2人だけでした。
土曜日なのにこんなんでいいのかな。

山頂口のバス停の前は見晴台みたいになってます。
作例つき
朝は天気よさげだったんですが、なんだか雲行き怪しくなってきてたです。
下が元町市街、相模灘ごしに伊豆半島
辛うじて大室山は見えてますが、さっきまで右手にくっきり見えてた富士山は雲の陰。
その雲がまた濃くって、海に影が映るくらい。
ここが前線ですってかんじの明暗くっきり。

ちょっとは悩んだんですけどね、
まあ行けそうなとこまで行って、怪しかったら引き返してこよう、と。
重大な決心や覚悟なんか無いんです。
なんとなく見切り発車の成り行き任せで。
昨秋御嶽山でえらい目遭った人たちも、そんなもんだと思います。
ますます雲行きが怪しくなってまいりました
この「山頂口」ってのは外輪山の剣が峰に位置します。
外輪山は直径3、4km。
内輪山やその内にある火口部へはカルデラに降りてまた登ってくことになります。
片道目安40分。
中途半端に覚悟を決めてエントリー。
なんか荒涼とした溶岩や火山弾に草の生えた砂漠
外輪山から下ってカルデラの平地を歩くうちにパラパラと霰も落ちてきました。
ところどころシェルターなんかもあるんですけど、
今一番イヤなのは雨霰でも噴火でも無く、落雷なんです。
まるで逃げ場無い。
そりゃ噴火もイヤですけどね、こんな至近距離じゃ。
そういや以前三宅島に潜りに行った時もちょうど噴火しちゃいましたし。

カルデラ平原が済んで内輪山の登りに入りました。
落雷だ噴火だ心配しながら歩いてるうちに後方ではもっと大変そうなことが起きてました。
伊豆半島方面に竜巻発生 一本引っ込んで一本伸びてきたとこ
おーっ、地表到達寸前
相模灘はさんで伊豆半島南部、下田のちょっと北あたりでしょうか、
前後の距離感わかんないんで海上かもしれませんが竜巻が数本降りてます。
そっち方面、雲は真っ黒。
三原山上空の灰色の雲が善良に見えるくらい。
これで気が大きくなりました。
登山続行。

内輪山の登りに入りました。
道は簡易舗装してあるんで、普通の靴でも余裕歩けます。
ただ傾斜はきつい。
階段になっててもいいくらい、階段にしても急だろうってとこもあります。

内輪山のお鉢に辿り着くと火口部内ところどころに噴煙みたいの見えてきました。
たぶん500mくらい先

登山路から50mくらい
匂いしないんです、火山っぽい匂いが。
これ、噴煙じゃなくて噴気なんですね、降った雨が炙られて蒸気になっただけの。
冬場は特にはっきり見えるらしいです。

内輪山お鉢の道から内側に入るように「火口見学所」みたいな片道600mくらいのルートがありました。
その「火口見学所」からの眺め
火口の底までは見えないんですが、それなりに見渡せます。
赤いのは酸化鉄でしょうね。地球の腹わた。
ここらへんで標高700mくらいでしょうか、平地から4~5℃低いんでしょう、寒いもん。
で、ここから帰りは別ルートで戻ろうと思ってお鉢を1/4周ほど周ってみたんですけど、
別ルート見当たらない。
一人でおかしなとこ入っておかしなことになっても人騒がせだし。
それ以前に人騒ぐのか? 入山申請もしてないんだし。
外輪山からの往復、十人程度しかすれ違ってないし。
なので渋々登ってきたとこに戻って来た道帰りました。


山頂口バス停裏の建物に「伊豆大島ジオパーク」とかいう展示施設があります。
バスの時間まで2~30分あったし誰もいないようなので覗いてみました。
そしたらガイドだかレンジャーだかのおじさんが一人ひそんでました。
1986年噴火の動画が繰り返し映写される中、色々お話を伺いました。
そのS61噴火で全島避難の際、うちの近所のスポーツセンターにみんな来てた、とか、
その3年前のS58三宅島雄山噴火でもスポーツセンター来てた、とか、
H12 雄山噴火の時はちょうど潜りに行ってた、とか、
ろくでもない話で盛り上がりました。
三原山と雄山の溶岩の質の違い、火山弾の組成、カルデラ生成メカニズムなどなど、
たいへん好きな話を伺ううちあっという間に11:10のバスの時間。

このバス乗ると「大島温泉ホテル」行けるの。日帰り入浴もできるという触れ込みの。
バスもフリーきっぷ買ったから、日帰り入浴でおまけの割引券使えるし。
これで温泉入って食事でもしてから午後適当な時間に岡田なり元町なりに下りて行こうと。
ところが大島温泉ホテル着いたら

「あー、お風呂は13:00からで只今清掃中です」
「お食事は宿泊客と予約の団体様だけで、食堂営業はしてないです」

降りたバス行っちゃったじゃない。
次の元町行き2時間後じゃん。
どーすんのこれ。

しばらくロビーで過ごさせて頂きました、その節は大変お邪魔しました。
土産物売場で絵葉書買おうと思ったけどロクなの無いんで椿柄のクリアファイル買いました。

待つ間に色々見てたら一時間後に「大島公園行き」のバスがあることがわかりました。
とにかくそれ乗ります。
「大島公園」がどこにある何なんだかも知りませんが。

「レインボーライン」とかいうバスに乗ります。
大島バスは道中録音アナウンスで観光ガイドみたいの流れます。
それによると「大島公園」は上野公園の10倍とか日比谷公園の30倍とか、
たいへんなことになってるようです。周る気もしないほど大きいらしい。

近くに椿、遠くに海や島、風光明媚なくねくね山道を下り、「大島公園」とやらに着きました。
なにか鳴ってますけど、取りあえず目の前の「椿資料館」ってとこに入ってみました。
ここの屋内展示、結構地味に良かったです。
スタンプラリーのポイントでもあったし。

「大島一周道路」の向かいには椿まつりのメイン会場「椿プラザ」があります。
いつの間にか団体(十数人)の観光客も来てて、ステージ上ではアンコさんたちが踊ってます。


ステージの周囲には、いくつかの出店があるんですけど、
その場で食べられるもの売ってるのは一軒だけでした。
それもメインはおでん。
ダイコンとタコ頭を食べました。
2点で200円ちょっとだったと思います。
安くなくていいから、もう少しちゃんとしたなにかを食べたかったです。

まだ次の岡田行きのバスまで2時間近くあるんで適当に歩き回ろうと思いました。
動物園好きなんで行こうかとも思いましたが、
逆方向の「椿園」を抜けて「海岸遊歩道」とかいうのでも散策しようと思って、
動物園は今日のところ断念しました。(大失敗)

「椿園」はぼくには退屈でした。
強いて言えば、椿の品種って、お相撲さんの四股名みたいの多いいんだな、と。
白露錦

明石潟
咲いてなかったんであれですけど、春日野、御代栄、沖の浪、錦麒麟…
部屋や出身地が思い浮かぶような名前が多かったです。


で、この後まだバス来るまで1時間半くらいあるし、それまでバス通りに沿ってぶらぶらしようか、
ちょうど都道一周道路の外側に「海岸遊歩道」ってのがあるみたいだぞ、
適当に歩いて都道に戻って「椿トンネル」とやらをくぐったあたりでバス乗ろうか、
サンセットにはまだ早いけど、海沿いのどかに歩きながら新しい鼻歌でも作曲しようか、

とか思って軽はずみに入ったのが大間違い。
死ぬかと思った。

その辺に立ってた案内図たよりに椿園の外苑抜けて適当に海側に行ってみました。
こんなのんきな案内板
「美しい日本の歩きたくなるみち」

途中だんだんと道が怪しくなってくんですけど、その先も続いてるようなんで進みます。
なんとなく歩いてるうちに抜き差しならない状況になってきました。
まだ幅2mくらいはあります
幅員1m切ってきました
戻ろうかな、とも思いました。
このへんで戻れば15分くらいで娑婆に帰れます。
なのにも少し進んでみます。
もうね、道かと思えば沢、行き止まりの壁かと思えば道。
よじ登ったりずり落ちたり、順路も何も見えません。
どこ行ったら出られるんだかわかんない。
ほんとに深刻なとこは写真撮ってるヒマなかったようです。
足元も根っこやら朽木やら横たわるなか火山礫やらゴロゴロ。

案外ぼくの苦手な蜘蛛の巣とかはまるで無くって良かったんですけど、
ときおり藪の中からね、なんか気配ってか物音がするんです。
サイドからの物音にね、足も息も止めて身構えてるスキに頭上をなにかが駆け抜けたり。
鳥とかね、リスとかね、そんなのまだいいんですけど、
明らかにそうじゃない、それなりの大きさの哺乳類の息吹とか唸り声とか。

時間つぶしの軽い散策のつもりだったんですけど。
数時間前に三原山で雷に怯えてたのなんかすっかりどーでもよくなりました。
ごめんなさい、もういいです、勘弁して下さい。

とにかくなんか明るい開けたとこに出ました。
ざっぱーーん

どっぱーーん
 断崖絶壁です。
こう見えて海面から50mはあります。
足踏み外すと岩場に頭打ったり波にさらわれたり2,3回死ねます。
船越英一郎か片平なぎさに助けに来て欲しい場面です。

「この先危険」ってどーしろと
これまでは安全だったのかよ

ここ歩くの? これが遊歩道?

たぶん転げ落ちたら海面まで20秒くらいかかります

右は道 左はあの世
もーやだ。
道なき藪と断崖絶壁の繰り返し。
なにが「遊歩道」だよ、命懸けじゃん。
だいたい1時間くらい彷徨ってんのに誰一人行き会わないし。
ここでなんかあったら一週間くらい放置されんじゃないの?

とりあえず「笠松」というところで中途離脱して都道に戻れるようです。
道も道らしく広くなってきたし、傾斜もゆるいし、娑婆まですぐそこ。
よかったよかった、助かった。

キョン死んでるし!
キョン 腹ワタ出しちゃってるし
もーやだ。
こりごり。

いやね、後から考えたらね、こんなの大したことないんですよ、覚悟してれば。
中学や高校のワンゲル部の新歓ハイクにゃちょうどいいんじゃないですか、
軽くワイルドなフィールドで。
実際そんな危険でも無いし。
強いて言えば一人で入ったの危険だけど。
経験者がリードしてれば、どってことない楽しい風光明媚な散策路ですよ。

でもね、「海岸遊歩道」って名付けは無いわ。
これ新婚旅行で大島来たのが迂闊に入り込んだら離縁問題になりますよ。
今時新婚旅行に大島行く自体が離縁問題ですからいいようなもんの。
軽はずみに入り込むとほんと死活問題です。
たまたま飲み物とか持ってましたからあれですけど、
当然道中に自販機とか一切ありません。
街灯もありませんから、午後遅めに入って日が暮れちゃうと絶望的です。
野犬や野猿やその他の何かに喰われるね。


でね、「笠松」から遊歩道から脱出して少し行った先の「泉津」ってとこにバス停あって、
もう既に一本バスやり過ごしててまだ20分ほど時間あったから
14:00くらいだったから。
バス停前の「武田商店」でコロッケとアメリカンドッグと缶ビール買ってね、
それ齧りながらのバス待ちながらの命からがらをゆるゆる振り返ろうと思ってたらね、
バス来たの。
大島バス、運行前倒ししすぎ。

岡田行きのバスなんで、終点岡田港まで。
予約してた宿入って、
その宿の息子ってのが御神火温泉行くからってんで一緒に連れてってもらって、
帰って晩御飯頂いて、この日はおしまい。

あ、御神火温泉行く途中、サービスということで2013年伊豆大島土砂災害の現場にも連れてってもらいました。
まだまだ惨状の爪痕深く残ってました。
ってかあれだけ大規模広範囲だと、ちょっとやそっとで復旧できないわ、ありゃ。
カメラ持ってってなかったんですけど、写真ならこことかにたくさんあります。


初日だけでこれかよ。
ま、内容は無いんだけど、今回もだらだら長いなあ。
どこだって港の猫って、どうして目つき悪いんだ?




火曜日, 2月 03, 2015

伊豆大島に行ってきた件 1/4 今大島に行くべき理由

あんこ猫
ふと思い立って大島に行ってきました。大島は近くて便利です。軽はずみに行けます。
金曜の15時頃に思い立って、その晩にはもう船に乗ってましたから。
そこで言います、
「大島いいぞ。行くなら今だ。」


今、大島に行くべき理由は大きく3つ、
1.安い
2.空いてるわりに催しはいっぱい
3.暖かい

以上で本論は終わりです。
さあ皆さん伊豆大島へ行きましょう。



さて手短に用件が済んだところで心置きなくだらだらと太字多用で。

1.「安い」ですけど、ほんとに今安いんです。
平成25年台風第26号による土石流被害復興支援みたいな名目で、観光客誘致の宿泊費や交通費の補助が出てます。
ただでさえオフシーズンで宿代等々が若干安いところに、最大一人当たり11,000円くらい出てます。
聞き捨てならない大金です。

具体的にはまず宿代の補助が一人一泊当り3,000円出ます(上限2泊まで)。
なんと子供にも同額出ます。
一棟15,000円のコテージ5人家族で借りたらどうなんですかね、
2泊タダですかね、ほんとですかね。

補助の貰い方は簡単です。
事前申し込みもできるのかもしれませんが、ぼくは現地入ってから手続きしました。
思いつきで行っても余裕間に合います。
滞在中の空いた時間にでも元町港の乗船場(元町バスターミナル)横にある大島観光協会行って、申し込み用紙にちゃちゃっと名前やら住所やら書いて、現住所証明できる身分証明書みたいの示せば「東京都宿泊割引券」て3,000円分の券を人数×宿泊日数分くれます。
都民じゃなくても貰えるみたいです。
都民であっても島内居住者は貰えないみたいです。
モグリじゃない限り、島内すべての宿泊施設で使えるようです。
詳しくはここにpdfでリストあります
宿代の精算時にそれを出すだけで3,000円×人数×泊数さっ引きです。
一応3月30日宿泊分までのキャンペーンですが、交付補助金の総額が決まってるそうなので定数に達したら早期終了もあるようです。

そして交通費にも補助が出てます
東海汽船の場合片道1,500円、航空機利用の場合片道2,500円出てるようです。
ぼくは往復とも東海汽船さるびあ丸2等で行ったので、行きは3,300円でした。
帰りは何故か3,180円でした。行き週末で帰り平日だったからなのかな。
今こんなの出てるの大島だけですよ、新島や三宅島は通常料金なんですから。
行くなら今でしょ。

ちなみにパッケージツアーやネット予約・決済とかだと宿泊補助は受けられません。
なぜなら今出てるツアー料金は補助金折込済みだからです。
じゃらんとか楽天トラベルとかご利用の際はご留意ください。
いずれにしても伊豆大島、只今大変お得になっています。
ウソかもしれないんで正確な情報はこちらのpdfなどでご確認ください。

ね、ここまでで既に往復3,000円~5,000円、一泊当り3,000円、ほぼ無条件で出てるでしょ。

更に、2泊すると4,000円分の旅行券が貰えたらしいです。
抽選とかじゃなく条件満たした応募者全員みたいです。太っ腹です。
行く前うすうす気づいていたんですけど、よく見てなくて、帰ってから見てみたら手遅れでした。
滞在中、毎日1回以上Facebookにレポート入れなきゃいけなかったらしいです。
多摩×島info「島しょレポート」



2.「空いてるわりに催しはいっぱい」ですが、ただいま「第60回 椿まつり」絶賛開催中です。
1月25日(日)~3月22日(日)までです、ってずいぶん長い祭りだな。
ぼくはたまたまメイン会場のアトラクションステージを見てしまいました。
踊るベテランのアンコさんたち
会期中、週末を中心に、マラソン大会、釣大会、「椿の女王コンテスト」、写真コンクール等々催し目白押し、
いよいよ今週末(2月6日)より夜まつりも始まります。
詳しい催し日程については大島観光協会のサイトでも見てください。
こんなのありました
このチラシ、ほぼ同じ内容なのに何故かレイアウトのまったく違う2種類あんですよ。
詳しくは現地でご確認ください。

また椿まつりに合わせて1/25~4/5までスタンプラリーもやってます。
ぼくはスタンプ5つ集めて深層海塩飴もらいました。

なのに今のところ各所すいてるんです。
移動のバスも通学時間に当らなければガラガラ。終点まで貸切状態なんてこともありました。
各施設の見学でも、団体にかち合わなければ学芸員の説明マンツーマン状態。
火山博物館や三原山山頂のジオパークも貸切でした。
大島公園の動物園(入園無料)でも60種350頭のキャストたちがあなただけをお待ちしています。

なんでそんな空いてんのかってと、たぶんどうせ大島ったってまだ寒いだろ、って思われてるんでしょうね。
そこで3.暖かいですよ。
観測の数字だけ見ると大手町より3~5℃程度高い、たかが知れてると思うでしょうが、
これが結構違う、と思います。同日同時刻に両方いたわけじゃないんで。
暖流ってのはすごいですね、帰りの船でも城ヶ島かわして東京湾外湾入ったとたんに冷え込みました。
朝のうちは帽子と手袋して歩いてましたけど、お昼近くにはもう不要、 暑すぎず寒すぎず、日中の散歩にちょうどいいくらいでした。

ゴルフなんかにもちょうどいいんじゃないですかね。
大島ゴルフクラブは道具も貸してるので手ぶらで行って思いつきでゴルフ行けたりします。

もちろん釣りもできます。
そこいらじゅうで貸し竿ありますから、その辺の磯やら岸壁でいつでもできます。
事前に頼んどけば乗り合いや仕立ても当然あります。
今の時期沖ではキンメ、磯でメジナ、岸壁からヤリイカなんかが釣れるそうです。
釣った魚どうすんでしょうね。

椿はそこいらじゅうで咲いてます。
11月から3月頃まで、特にピークとか満開時期とかなくだらだらと咲いてるそうです。


ま、とにかく暖かくて催しや見どころがいっぱいあって空いてて安い。
そして近い。
いずれ行くつもりなら今行っちゃうのがいいですよ、気に入ったらまたすぐ行けるんだし。


明日以降、行ってなにしてたか、島内、往還道中でのちょっとしたTipsなんか
だらだら書くつもりです、きっと。



土曜日, 1月 10, 2015

「地球の自転速度は徐々に遅くなっている」という誤解

今年、世界標準時における6月30日23時59分59秒のあとに 23時59分60秒を挿入する、
いわゆる「うるう秒」の実施が決定しました。
日本時間では7月1日に“8時59分60秒”が挿入されることになります。

「なんだ、またかよ」
「うるう秒って挿入ばかりで削除操作されたことないよな」
「地球の自転速度がだんだん落ちてってる証拠」
「だんだん一日が長くなってくのかー」
「そのうち自転止まるかもね」

それたぶん誤解です。

さっき小学生新聞の記者さんもこうつぶやいてました。
https://twitter.com/tomo_asagaku/status/553791244569022465
百年間で一日あたり二ミリ秒(千分の二秒)のペースで遅くなります。


わかりやすく簡略化して表現したんでしょうが、
なんか "2ms/d/100y" みたいなのもムズムズきます。
誤解を招きやすい表現です。
「この百年で… …遅くなりました。」と書くべきでしょう。
ここんとこを国立天文台ではこう説明しています。
19世紀の約100年間の地球の自転による1日の長さの平均が24時間に等しくなるように定められましたが、1990年頃には、地球は24時間より約2ミリ秒(1ミリ秒は1秒の1000分の1)長くかかって1回転しています。1回転にかかる時間が100年間で2ミリ秒長くなっていることになりますので、もしもこの割合がこれからもずっと続くと考えると、5万年で1秒、1億8千万年で1時間長くなることになります。このことはつまり、1億8千万年後には、1日の長さが25時間になってしまうということを意味しています。(国立天文台 よくある質問 「1日の長さは変化しているの?」)  
このままでは一日の長さはどんどん長くなっていくんじゃないの?
どんどんマイナス加速度ついて今の一日86400秒が百年後には87000秒くらいになって、
そのうち自転止まんじゃないの? しまいに逆回転し始めたりして、お日様西から昇るの?

西から昇りません。止まりません。たぶん。


この節は読み飛ばしてかまいません。
1967年に「1秒とは基底状態の二つのセシウム133原子の超微細準位の間の遷移に対応する 放射の周期の9,192,631,770倍の継続時間」という定義が決まりました。
よく見かけますね、さっぱり意味わかんなくっても大丈夫です。
でその精密な時間を元に1820年からの観測結果など遡って分析した結果、1967年までの147年間に自転一回転にかかる時間は0.002秒ほど長くなっていた、ということが判ってきました。
この精密な1秒の定義をコヨミにも繰り込もうというのは最初からの目論見でもあったので、
1970年に国際原子時(TAI: Temps Atomique International)を導入する時にも
「将来的にTAIと暦表時(ET: Ephemeris Time)にズレが出たらETに合わせるようにTAIの方で1秒出し入れすればいんじゃね?」ってことで成り行き任せの見切り発車でスタートしました。
運用・観測の結果さっそく1972年には最初のうるう秒が実施されます。
この年の観測で天文学的一日(ET)は、TAIでいうところの 86400.003秒あったのです。



このままどんどん地球の自転は遅くなっていくんじゃないのか、という議論があったのは確かです、
40年以上前の当時。
やれ大気の摩擦が、やれ潮汐が、やれ相対論的効果の過小評価が、等々。
いや科学的議論というか世間的話題だったんですけど。
時間やコヨミ決めた科学者さんたちは、そもそもETとTAIには差異があるだろうさってのは織り込み済みだったわけで。
通俗的科学風読み物の世界ではしょっちゅう扱われ、その世界では通説のような振る舞いを見せていました。

「なに、その72年の第一回うるう秒から今日まで25回、すべて挿入だったじゃないか」
「そうだそうだ、一度たりとも秒の削除は無かったぞ」
「地球の自転速度が年々落ちてる何よりの証左だ」


ここに一日で2秒ススむ時計があったとします。
毎月一度は1分戻してやります。
そうしないと実際の時間のズレはだんだん溜まり、5年後には1時間もススんでることになります。
でもとっても正確な誤差を持つ時計なので10年経っても20年経っても一日に2秒ススみました。
時計の針の回転速度が年々加速してったわけでもないので、相変わらず月に1分戻されます。
この時計、もしだんだんススみが落ちてきたらどうなるでしょう?
30年後、一日に1秒のススみになっていたら、二カ月に1分戻してやればいいことになります。
でも戻すだけでススめる必要はまだ無いでしょう。

実際の1972年に最初のうるう秒を挿入してからの実施回数を10年ごとに見てみます。
1972-81年まで、11回挿入
1982-91年まで、 6回挿入
1992-01年まで、 6回挿入
2002-11年まで、 2回挿入
2012年に1回、今年は3年ぶりの挿入実施です。
だんだん回数は減っているのです。
ざっくり言うと70年代に比べて自転速度は早まっているのです!


先に引用した国立天文台のQ&Aもあの後こう続きます。
しかし、この割合でずっと地球の自転が遅くなり続けるのかどうかはわかりません。現に、2003年現在、地球の自転を観測すると、地球は24時間より約1ミリ秒長くかかって1回転しています。1990年のころと比べると、地球の自転速度は、むしろやや速くなっているのです。


緑の線が ET-TAI, 天文学的1日マイナスTAIの86400秒
上の図は実際の一日の長さとTAI86400秒との差(グレー)、その年平均(緑)、その差の累積(赤)、うるう秒を挿入したタイミング(赤ツブ)です。

非常にフラクタルといいますか、この上がったり下がったりしてる緑の線も今後長期的な波がどうなるのかは判りかねますが、とりあえずこの半世紀くらいの間では増減しながらTAIに近づきつつあります。
72年頃をピークに15年ほど減り(自転は早まり)、6年ほど増え(遅くなり)、10年ほど減り、3年ほど増え、なんだか横ばいになり…
だんだん借りを返してるようです。


さて、このうるう秒ですが、時間や暦を扱うそれぞれの立場で是非が異なります。

 天文学者: 天体の動きを正確に記述するには0.5秒以上の誤差は許せぬ
 軍事・宇宙開発: 飛ばしちゃった宇宙探査機とかGPSの調整とか面倒くせえよ
 物理学者: 静止座標系における時間の長さは絶対不変じゃ

とかなんとか、それぞれの立ち位置、力関係で国ごとにも賛否はわかれます。
米国やその科学的同盟国である日本あたりは
「どーせそのうちTAIに近いあたりに収束すんだろからほっといてもよくね?」
といったところでしょうか。
なんにせよとりあえず今年の実施は決定しました。


ついでにいうと4年に一度うるう日を入れ続けてるからって、
公転周期が落ちてるわけじゃないんです。
最初っからそうゆうもんなんです。
一年の日数なんて公転周期を自転周期で割っただけなんですから半端出て当たり前なんです。


とにかくそうゆうことです。
地球の自転速度は心配しなくちゃならないほど落ちてませんし、
一日の長さも伸びてませんから、寝坊の言い訳には使えません。
当日1時間目の授業が1秒長くなるだけです。