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土曜日, 11月 17, 2012

往年のJFA広報犬ロンメルくん昇天

2012年11月17日午前7時っていうから今朝のことですか。
日本サッカー協会の広報犬を務めたロンメルが死去  日本サッカー協会
アジア予選では応援に駆けつけた18戦全戦で負けなし、どころか全勝の実績を買われ、2006年FIFAワールドカップ・ドイツ大会に守護聖獣として帯同したロンメルくんですね。
享年18歳、あと3日で19歳の誕生日。大往生ですね。
虹の橋のたもとで誰を待つんでしょう。


…でもおかしいなぁ、

ほぼ同時期、うちのモモの方がやや早く、同じ動物病院で渡欧検疫手続きやってた記憶がある。
「えっ、今から1回目注射で間に合うんですか?」
「なんとかギリギリ、グループリーグ中にはと。国会のセンセイにお願いもしてるようで…」
「マイクロチップは済んでんですか?」
なんて先輩風吹かして話してた記憶があるんだなぁ。

でもうちのモモがアムスにいたのは、このblogによると2007年のこと。
うーん、ドイツ大会を連日アムスのアパートやライツェのスポーツバーで見てた記憶もあるんだよなー。
たしか決勝戦が120分で決着つかず、ジダンとマテラッツィによるペナルティ頭突き戦を制したイタリアが優勝。
それをアパートのテレビで見届けた上で Reguliersbreestraat のアルゼンチンステーキ屋行って晩ごはん食べてたら、イタリア国旗をまとった集団がアイーダ合唱しながら次々と行進してきた、
ってな記憶もある。

ほんの5~6年前の記憶がトロけてる。
まっいいか。失った過去を振り返らずに未来を見据えよう。



近頃のエントリー、画像や地図、動画埋め込みまくったせいで、
自分でも開くのおっくうになるくらいトップページ重いんだよなー。
こつこつ地味なエントリーで重いの下げてかなきゃ。

木曜日, 9月 13, 2012

タトゥボーラ?

2014 FIFAワールドカップ™@ブラジルの公式マスコット、
正式発表は16日とか言いながら、もうずいぶん画像洩れてんじゃん。

マスコットとしての名前はまだ無く、これからネット投票で決めるそうで。

モデルとなったやつの名前がブラジル固有種のアルマジロ、Tatu-bola
こんなやつが
こんなんなるらしい

ところで2002年の日韓大会の時のマスコットって、どんなんでしたっけ?


Ato,Nik,Kaz
えっ? そんなんいたっけ?

んー、そういえばいたような気がしてきた。



歴代のマスコット並べると、こんなかんじ。
イタリア大会の"Ciao"はハッキリ覚えてる。
あとは正直存じ上げません、ごめんなさい。

2010年大会のマスコットってパウルとかゆうタコじゃなかったっけ、違うの?

2006年大会のマスコットって白ゴリラじゃなかったっけ。
あーあれ開催国のキーパーだった。

月曜日, 9月 03, 2012

ブラズーカのデザイン

2014 FIFAワールドカップ@ブラジルの公式球"brazuca"
昨日あたりから画像が色々一斉に出てますけど、これマジっすか。


裏面?
あらやだ、マジだわ、adidas.com.brにも上がったわ。
adidas.com.br/のトップページの画像
なんなのこれ。
いや見慣れないうちは違和感あるの当然だけどさ。
本大会これでやるのも結構ですよ。

でも大会まで各国代表これ導入して慣れてく訳よね、今年あたりから、
ナショナルカラー丸出しのこれで。
最終予選とかも使ってく訳よね。

まぁいいんだけどさ、文句言ったって結局慣れるしか無いんだし。
しかし思い切ったなー


これもやっぱadidasブランドで中身はモルテンのOEMなのかな。
表面ディンプルってかシワシワみたいになってんのかな。



そういや前回大会、ブブゼラさんの動きが良くて日本にとってはやりにくかったなー
ジャブラニさんは全得点に絡んでくるし、っての思い出した。

再来年か。

月曜日, 6月 11, 2012

日刊スポーツの…

明日に迫りましたFIFAワールドカップアジア地区最終予選オーストラリア戦、
オーストラリアの代表監督ホルガー・オジェックの名を見て、
イビチャ・オシムの後任日本代表監督選定時の日刊スポーツのアレをふと思い出しました。
オジェック氏が次期日本代表監督に内定 2007年11月20日
→ご承知の通り、岡田武史の再任でした。

その岡田武史の後任選定時のことも思い出しました。
ペケルマンがサッカー日本代表監督 2010年8月30日
→ご承知の通り、アルベルト・ザッケローニでした。


そういえばオジェック代表監督就任の誤報の同時期、
2007年11月24日には九州版ですがこんな記事が出たの思い出しました。
大関魁皇が引退へ
もちろんしませんでした。
連日しつこく書いてくるので友綱部屋もキレました。
日刊スポーツ 『 今後、最低半年間の出入り・取材禁止 』
それでも意地になったか日刊スポーツは書き続けました。
魁皇不戦勝、初めて引退示唆 2007年11月26日
もちろん衆知の通り、魁皇はそれから20場所以上土俵に上がり続けました休み休み。

小錦の現役最後の場所、勝っても負けても千秋楽まで取って引退するとの本人の意思を、負け越した瞬間に各紙がバラしてしまい、「辞めるつもりの死に体では土俵に上げる訳にはいかない」と審判部が判断、結局14日目以降は土俵に上がれず、千秋楽にハワイから呼び寄せた家族の前で最後の土俵入りという願いも適わずそのまま不本意なる引退となったなんて事がありました。
現役力士にとって「引退」とは非常にデリケートな話題であり、憶測で噂を立てられるだけで大変迷惑な話です。


日刊スポーツには2007年頃末まで大相撲担当で盧載鎭という記者がいました。
先の「魁皇不戦勝、初めて引退示唆」の記事を署名付きで書いた人です。
この人は別名「キムチ野郎」としても有名ですが、この件については信頼できる一次ソースが無く、捏造が拡散されてる可能性も捨てきれないのでそっとしときます。

盧載鎭は大相撲担当時代から「朝青龍は協会の意向に逆らってモンゴルへ帰国したがってる」などなど、あること無いこと書き散らして煙たがられてましたが、友綱部屋出入り禁止となった2007年末頃から大相撲関係から外されたようで、サッカー記事を書くようになりました。
Jリーグ、W杯南アフリカ大会、女子W杯ドイツ大会… あちらこちら脳内ソースで妄想書き散らしております。
日刊スポーツのサッカー記事に他紙と一線を画すファンタジーや誤報が増えてきたのと期を一にしております。
秋田豊の引退時にも勝手な思い入れによる同情モードで秋田がさも惨めな引退をしたかのように言いふらしたのもこの人です。
浦和サポの前ではこの人の名を出すこと自体がタブーとなっています。

これを使い続ける日刊スポーツ、ある意味すごいなーと思います。
誤報を飛ばしても消さずにwebに晒し続ける日刊スポーツ、ある意味すごいなーと思います。

金曜日, 2月 03, 2012

C.E.Europa

今テレビでNHKつけっぱで、
「澤穂希らINAC神戸がバルセロナで合宿」って話やってんの横目で見てたら、
あれ、なんだかここ見たことあるぞー、ってね。

INAC神戸 スペインで合宿 via NHKニュース

C.E.エウロパのNou Sardenyaじゃありませんか。
うん間違いない、エウロパのサイトのトップページなんかSAWA祭りになってるし。
そりゃそうですね、女バロンドールがやってきたんですから。
今、男女バロンドールがバルセロナで揃い踏みなんですから。

この辺、バルセロナで一番中心地に近いクラブですよ。

大きな地図で見る
こんなとこ。
たしかとなりの角はチュッパチャプスの創業記念館かなんかでしたね。
なんかもうほんと唐突に街中にある。
まわりが建物と坂道に囲まれてるんで、うっかりしてると気づかないようなとこにある。
初めてのアウェイのサポとかがバスで前を通ったって絶対見落とす。
と思って今ストリートビューで確認したら、ずいぶん立派になってますね。
これ見落としたら節穴だわ。
練習場じゃないんですよ、これでも一応ホームスタジアム。
ホームゲームともなればバルサCとかエスパニョルBとかをここで迎え撃つわけです。
現在は知りませんが当時は人工芝。

当時借りてた部屋からも近かったんで、時々覗きにいってましたよ。
もうほとんど練習場、バックスタンドなんかなかったもんね、
と思ってたら今発掘された写真によると、バックスタンドやゴール裏は3列くらいで、
メインスタンドも10列くらいだった。
近年スタンドの拡張整備でもあったんでしょうね、
カタランのWikipediaによるとキャパ7000ってなってますけど、
当時は絶対そんなになかった。 ノウ・サルデーニャ ca.wikipedia
ストリートビューで見ても西側の道路にスタンド張り出してますけど、
その頃はなんか低い普通の建物が並んでるだけで、
その向こうにスタジアムがあるなんてわかりませんでしたよ。

スタンドの端、入ったすぐのとこがBarになってて、そこでビール汲んでもらいながら、
チビっ子チームの練習とか眺めてたような覚えがあります。
いや今、確認されました、確かに見てたようです。

たしかトップチームは当時リーガ3部リーグでした。
そしたらそのBarの壁に次戦の案内が貼ってあって、
「なにっ、今度の敵はバルサかっ」
といっても、もちろんバルサのCですけどね。

それでエウロパの応援に鼻息荒く敵陣に乗り込みましたよ、
おなじみバルサの本拠カンプ・ノウ、
の裏にひっそりたたずむミニ・エスタディ。バスで10分くらいだったし。

サブ・スタジアムとはいえさすがはバルサ、こちらには立派なバックスタンドあります。
メインスタンド側にバルサ・サポ、バックスタンド側にやさぐれたエウロパ・サポと分かれて、
もちろんぼくらはバックスタンド。
間もなくキックオフ。
例のバルサのテーマ「Himno Del Barça」が場内に流れ、メインスタンド大合唱の中、
バックスタンド側では、その替え歌で応戦。

今度はそのミニ・エスタディでの写真ですね。
 敵地でオダを上げるエウロパ・サポ 

Panoramioにも写真上げてありました。

バルサ・チップスなんてのもございますが、
生粋のカタランなら観戦のおともはヒマワリの種。

ゲーム中の写真はありません。
あたりまえじゃないですか、真剣にエウロパの応援してたんですから。
そん時たしかエウロパ勝ったんじゃなかったですかね。

そういや一時期日本人コーチもいたんですよ、このチーム。
テレビで見たもん、その人だけでたっぷり1時間くらいの番組、
サッカーじゃなくバルセロナのバル巡りの案内役でしたけど。
徳永尊信さんですね。
『サッカーのある人生を』ってblogでエウロパ時代のこといっぱい書いてますね。
ちなみに、あの天才建築家アントニオ・ガウディもサクラダファミリアの建築のかたわら1909年から1912年ここのクラブの練習や試合を見に通っていました。『C.E.EUROPAって???』


もう10年くらい経つのかな。
冒頭の写真の子たちもすっかり大人なんですねえ。
オマケ
その頃街に貼ってあったサッカーくじのポスター

火曜日, 11月 15, 2011

北朝鮮 平壌のサッカースタジアム

じゃ、まずはまもなく(2011・11・15)日本戦が行われる「金日成競技場」、外観はこんな感じ。
Google Mapによる上空からの様子。

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大同江沿い、あーあのよく写真で見る凱旋門の側ですね。
収容人数が5万とか7万とか10万とか諸説あるようですが、
現在のは2代目で南北分断後の1969年に建設され1982年に改修したもののようです。
ちなみにこの地にあった初代は日本統治時代の1926年に建設されたもの、
もちろん「金日成」なんか記念してません。
「金日成競技場」になったのは改修した82年のことで、
それまではMoranbong(牡丹峰)競技場と呼ばれていたようです。
85年木村和司の頭蓋骨にエルボー一閃ヒビが入り失神KO事件の舞台でもあり
またあの2005年のW杯予選で日本対北朝鮮がタイでの無観客試合となるきっかけとなった
観客暴動付き北朝鮮対イラン戦の舞台でもあります。



次にあの大マスゲーム「アリラン」の会場ともなる「メーデー・スタジアム」の外観。
Google Mapによる上空からのご様子。

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さっきの「金日成競技場」からもほど近い大同江に浮かぶ中州「綾羅島」にあります。
北東側にサブのコートが4面ほど、そのさらに北東に何に使うのか分からない、謎の目盛りがついたコートが見えます。
ほぼ間違いなくマスゲームの練習やリハするとこですね。
収容人数はざっと15万と言われておりますが、観客席だけじゃなく、
解像度320×240、世界唯一の人力QVGAディスプレイといわれるアレのスペースも含んでますよね。
健介と鬼嫁のなれそめともなった95年の「スポーツと平和の祭典」の時は
フィールド部分の客席も含めて2日間で計40万人近くが入った、
と新日が言った、
と東スポや週プロに書いてありました。
オープンは89年のメーデーです。
時々テレビで朝鮮中央放送のニュース画像がやってますね、おばちゃんアナが咆哮するやつ。あれの背景の右奥にうっすら見えてるのもこれかと思われます。


そして「羊角島スタジアム」、外観画像はあまりいいのが無いので Panoramioからパクってきましょう。
Google Map ではこんな感じ。

大きな地図で見る
島の北東側に9ホールの実につまらなさそうなゴルフコースが見えるあたり、ワクワクしますね。
この島も大同江の中州でスタジアムの位置で言うと10kmほど下流です。
今年のウズベキスタン戦もタジキスタン戦もホームゲームはここ使ったんですけど、
そしたら芝が痛んだようで、日本戦は別のとことなりました。
キャパは3万、9月のタジク戦は28,000人、10月のウズベク戦で29,000人入ったようです。
1989年完成。


あとですね、「西山(Seosan)サッカー競技場」ってのもあります。
Google Mapだとこんな感じ。

大きな地図で見る
これも大同江沿いにありますね、中州じゃないですけど。
北側にサブのコートが1面、ちゃんと方位も合わせてあります。
情報が少ないんですけど、以前はこんな感じだったようです。
照明灯の逆三角形が横浜スタジアムをみすぼらしくしたみたいで味わいあります。
ところがこれが改修されて、今年の4月にはこんななってたみたいです。
またPanoramioからのパチリンクですけど。
88年完成、キャパ25,000人、
去年あたりから改修を進め、天然芝を人工芝に張替えたそうです。
小さいですけど取りあえずピッチの画像を


あ、人力じゃないディスプレイありますね。

金曜日, 9月 16, 2011

オランダがFIFAランキング1位だそうで

いささか旧聞に属す話を専門とするblogとしても、そろそろ触れておこうかと。
ホントはなでしこのオリンピック最終予選の初戦、タイ戦の国際映像が、あまりにヒドいんで、
その日のうちになんか書こうと思ったんですが叶わず、大半忘れました。
なにぶん2週以上経ってますから無理もない、まったく筋の通った話ですね。

で8月24日発表のFIFAランキング(男子)でオランダは初の1位を獲得したわけです。
来週あたりには最新版が発表され、
そなると話の前提が消えて無くなるかもなんで、今になって慌てて書いてるわけです。

ジダン、アンリ、プティ、デサイー、バルデス…なんての擁してワールドカップ優勝した後1位を取ったフランスが、
今は日本と同ポイントで15位なんて、隔世の感がありますね。

さて、過去にランキング1位になれたのはブラジル、スペイン、イタリア、ドイツ、フランス、アルゼンチン、オランダの7ヶ国、
一方ワールドカップ優勝経験国はブラジル、スペイン、イタリア、ドイツ、フランス 、アルゼンチン、ウルグアイ、イングランド、の8ヶ国、
ほとんどきれいに重なってますね。
ワールドカップウィナーで1位と獲ってないのはウルグアイ、イングランド。
FIFAランキング1位でワールドカップ獲ってないのはオランダだけ。

で、まあそのオランダの1位獲得の原動力ってか理由、
方々で色々専門的な分析がなされてるんでしょうが、
素人視点ならではのあんまり触れられてない部分、ご参考の一助にでもなれば、と。

ほんと言うとオランダの話じゃなく、アムステルダムの話しかしませんが。
アムステルダム及び隣接するアムステルフェーン、合わせて約80万人、約260 km² 
東京で言ったら世田谷区くらいの人口、23区の4割くらいの面積
ってのを念頭に入れて頂いた上で、

さあそれではサッカーコートの様子をGoogle Mapで見てみてください。
地図がズレてんのは直すのが面倒なんで適当にドラッグしたりアレしてください。

Sportlaan 10面くらいですかね、野球、ソフトボール、ホッケーも数面ずつ見えます。



そのすぐ西隣、Noorddammerweg アメリカンフットボールと兼用も含めて5面。


Amsterdamsche Cricket Club 名前の通りクリケットクラブなんですけど、サッカーコートだけで9面あります。



 Buitenveldert 7面。

 
De Schinkel スタジアム含めて3面、ヨハン・クライフ・インスティチュートなんてヨダレものも入ってます。

 
 Riekerhaven さっくりゆったり5面。

 
 Sloten 13面。野球・ソフトボール場、屋内スケートリンクも見えます。
ここだけで我が国が誇るナショナルトレーニングセンターJヴィレッジ並み。
 
 Ookmeer サッカーコートだけで22~23面ありますか。野球・ソフトボール、クリケット、ラグビーなんかも挟まってます。

 
 De Eendracht 14面ですか。

 
 Spieringhorn だんだん飽きてきた、11面。

 
 Multatuliweg クリケットと兼用もあるようですが、3面。

 

 Transformatorweg アムステルダム大医歯薬学部のグランドじゃなかったかな、3面。

 

Middenmeer en Voorland 24、5面。他に野球・ソフトのコンプレックス、
テニスコートがローン・クレー計20面くらい、たぶん500m級のベロドローム、
陸上競技場と屋外バスケットコート、その脇にはスケートボードパークも見えます。
これで地下鉄の駅名がAmsterdam Science Parkってんだから
なに言ってんだオマエって感じですね。 

 

 Drie Burg 12面。

 

 Guldenhof en Overamstel もう分かりましたってば、7面。

 

 Schellingwoude ここ現地で見ると間違いなくピッチの中に大木がそびえてますけど、それ含めて4面。



もうね、数えんの面倒。
見落としもそりゃいっぱいあるでしょう。
他にも1面、2面のとこはザラにありますけど無視無視。
アムステルダム市の半分はIj湾の北側にも広がってんだけど、そっちはあまり固まったの無いから数えない。
で、ここまででいくつ?
160くらい?

内輪に数えて1面あたり人口5000人

さっきも書いたけど、世田谷区くらいの人口ですよ。
これ東京都の人口に直したらサッカーコートだけで2400面くらいある勘定。
日本より人口密度の高い国の首都がこれ。
もーかなわんです。


 ところがですね、


     ---------- 以下蛇足 ----------

別にオランダ人、サッカーばっかりやってる訳じゃないんですよ。
日本で言ういわゆるスポーツってのと一緒にできるかどうかわかりませんが、
まずほぼ全国民がやんのがスケートと水泳、あと自転車。

冬場、運河が凍ればスケートです。
オランダ人の心の故郷みたいなAvercampの絵にもあります。
今もあんまり変わりません。
運河が凍ると市役所の職員が氷の厚さ測って、ここは大丈夫そう、なんて発表したり。
そすると一家総出で運河に降りる。
スケートデビューのチビがいるとこは家から椅子持ち出してスケート履かせた子を慣らす。
それより小さい子がいるとこは物置から何故かソリが出てくる。
運河が凍らなくても、街の中心の広場とかに露天のリンク作る。
アムスで言ったらダムの王宮前とかムジアムプレンの池とかがスケート場になっちゃう。
参考としてオリンピックでの通産メダル獲得数、
スピードスケートは金27銀29銅26、(日本:金1銀5銅9)
フィギュアスケート金1銀2銅0、(日本:金1銀2銅1) 


オランダは人口が約1670万人、およそ日本の8分の1、九州よりやや多いくらい、
面積が41526km²で九州42191km²よりやや狭いくらいの国。 



水泳はね、 よっぽど事情が無い限り 5~6歳くらいで始める、それも「着衣水泳」から。
水着なんてのは競技やる達人の着るもので、入門者は普段着から。
あれ、日本人のBlogなんかだと、「運河が多くて落ちると危険だから」とか言ってるとこ多いですけど、
それたぶんちょっと違いますよ。
コドモ酔っ払って暗いとこ歩いたりしませんから、運河なんかそうそう落ちない。
最初立ち泳ぎから始めて、それから平泳ぎでも横泳ぎでもいいから15mくらい、
 それが出来るようになると次は着衣のまま潜水10mからの浮上して25m。
要するに、船がひっくり返ったり乗る時桟橋から落ちた事を想定してるんです。
船、一生に日本人の千倍くらい乗りますから。
オリンピックのメダル数、
競泳が金18銀17銅18、(日本:金20銀21銅21)
水球が金1銀0銅2、(日本無し)、飛び込みはどっちも無し。
シンクロはオランダ無し、(日本:金0銀4銅8) 
ついでに舟艇競技、金9銀17銅17、(日本:金0銀1銅1)。 


で自転車ね。
スポーツ以前に実用で全員乗ります、ホームレスから女王まで。
だもんで競技としての自転車もピスト、ロード問わずお盛んです。
これといった山岳も無いのに時々ヘルト・ヤン・テュニス とかロベルト・ヘーシンクみたいに
山岳賞獲っちゃう変態も出ます。
オリンピックのメダル数、金15銀16銅9、(日本:金0銀1銅3)。 


あと馬術なんかもタイヘンです、オランダ人、異常に馬好きですから。
日本人で馬が好きっていうと、週末にソワソワする方々で、馬触った事ないなんてのもザラ。
オランダ人、競馬は殆ど興味無いけど馬はよく知ってます。
今だって田舎のホテルなんかゲスト用の馬房があったりしますし。
玩具屋の女の子コーナーとか文房具売り場に行くと必ず馬キャラグッズあります。
睫毛が長くてタテガミがピンクだったりのこんなのやらあんなのやら、もうそれなんなの
テレビで馬の青春ラブコメみたいなアニメやってたりしますよ、
十分変態ですよ、あれ。
オリンピックのメダル数、金10銀10銅2、(日本:金1銀0銅0)。 


いや、あとマリンスポーツだったり格闘技だったりがすこぶるお盛んですとか、
サッカーのテレビ中継の質と、試合前後の討論番組の異常な充実ぶりとか
(いや、本来ここを強く語りたかったんだっけ。だってゲームの展望や選手起用についてフリットとライカールトが口角泡を飛ばしてアツく激論してるのをクライフが笑いながらなだめてる、なんてのが特別番組でも何でもないレギュラーシーズンのリーグ戦でキックオフ2時間前くらいから延々やってんですぜ。)
 いろいろ引き合いに出してたっぷり打ち込むつもりだったんですけど、
もう十分以上に長過ぎるんで、飽きました。

とにかくアムスだけでもこれだけサッカーコートがある、と。
それだけ覚えてもらえれば十分です。
かなわんです。