木曜日, 11月 24, 2011

序の口の消滅

大相撲九州場所の中継12日目、序の口の結果を見ていて驚いた。
7番しかない。
昨日も7番。
何しろ番付が18枚目までしかない。
おまけに2人が初日から休場。
総勢34人

別にそんな最低格の番数が少なくたって構わないんだけど、
それじゃ済まない訳がある。

原則的に幕下以下の格は一場所に7番、大体2日に1番のペースで取ります。
初日に出たら二日目は出ない。三日目に出てたら四日目はあまり呼ばれない。
各段ごとにスイス式トーナメントに準ずる形で割が組まれます。
そうすると、二日目終了時点で土付かずは半数になります。
仮に32人でスイス式トーナメントを行うと、
二日目で16人、四日目で8人、六日目には4人、八日目には2人、
それぞれが5番取り終えた時点で全勝は1人、1敗が5人になってしまいます。
なら4勝の5人の中から2番組んで残ったのを全勝力士に当てればいいんですけど、
この4勝勢のうち3-4人、場合によっちゃ全員既に当ってる可能性すらある。
ここで全勝がまた勝っちゃったりすると2位以下の潰し合いの中、
トップ独走、11日目に優勝、なんてのが常態化してしまう、してますけど。
で更に1敗勢同士の中にも対戦済みの組み合わせが出る。
ってなことが当然0勝同士、1勝同士の方でも同時に起こってるわけで。
これに同部屋だの三親等以内だのも除けてたら、
もうあと2番、どうやって割組んだらいいんだよ、ってな人数。

実際今場所は八日目終わった時点で土付かずは松木、蘇、大瑠璃の3人だけ。
その大瑠璃と松木(安太郎の従甥)を十日目に当てて大瑠璃の勝ち、
その時点で勝ちっぱなしは蘇(いけると読みます)と大瑠璃の2人だけ
でこれがまた同じ阿武松部屋、決定戦でもなきゃ直接当てるわけにいかない
なのに今日まだ12日目、
大瑠璃の相手は既に1敗してる序の口東8枚目の三宅、これは問題無い。
問題なのは蘇の相手が序二段東82枚目で勝ちっぱなしの増竜
段をまたいでの全勝対決

結果、序の口の蘇が勝って、全勝キープ。
蘇が産まれた時には既に土俵に立っていた、
三段目だって20場所以上務めた
初日からの5連勝は平成12年以来、
118場所にして初の全勝を夢見ていた増竜35歳なみだ目。
酷いことするなあ。

なんでこんな事態になってるかっていうと、
やっぱ新弟子不足と大量解雇、と大量自主廃業。

ここでグラフを一つ。
若サマ貴サマの平成元年から今日までの序二段と序の口の人数。
ついでに参考までに各場所の引退力士数。

3月春場所は就職場所とも呼ばれるくらい、新卒がどっと入ってきます。
それが前相撲済ませて番付に載るのが5月夏場所、
だから1年周期でギザギザします。

序二段のピークが平成6年夏場所の420人、
序の口のピークが平成4年夏場所の153人!
それが今じゃそれぞれ206人の36人、半分以下、平成最低記録更新中。

各段の定員ですが、
幕内が42人、十両が28人、幕下120人、三段目200人でここまでの合計で390人。
すごいですね、それ以上序二段がいた時代があったんですね。
番数増すわ切符買ってくれる親類縁者も増えるわ、
にぎやかしや小間使いにタダ同然の育成費で養える下っ端がたっぷり。
それが今じゃ高い給金取る上の人数は変わらないまま客や人手が減ってるんだから、
相撲協会もたいへんですね。

さて序の口と序二段は定員がありません
だいたいの目安として序二段が序の口の3-4倍と言われています。
定員外を3:1とか4:1で割り振るってとこです。
では、その倍率のグラフも用意してみました。


序の口に対する序二段の人数の倍率、一番低いのが、
新弟子溢れかえって序の口だけで153人もいた平成4年夏場所の2.03倍。
なにしろこの前の場所で序の口で1勝でもすれば全員序二段に昇進
序二段で6敗しても降格せず、という異常な処理をしてもこの始末。
おまけに悲しき増竜もこの就職場所で入った一人という皮肉な因縁。

逆に高いのが今場所5.72倍とそれに次いで先場所の5.53倍なんですけど、
新弟子入らない時期に5月技量審査場所前後の大量退職が響いてますから、
これまた突出した異常な数字で除外してもいいのかな、
それ以外はだいたい3-4倍台の範囲で収まってるのかな、と。

とは言えこの5年ほど、確実に右肩上がりしちゃってますね。
1月3月あたりは4倍超が常態化。
昇進降格基準厳しくして序の口の割合増やせばいいんでしょうけど、
序二段だって今の人数だと14日目で全勝1人残せるかどうかのサイズ。

とにかく段をまたいで全勝同士に星の潰しあいさせるなんて非常事態ですよ、
そんな事しなくちゃなんないなら段を別けてる意味が無い。

とにかく末端力士の枯れる1月3月なんとか凌げば春が来るんでしょうか。
今年3月の検査受験者は過去最低の36人でした。
春場所中止があって二場所分合わせた技量審査場所でも初土俵は43人でした。


追記:
その後、増竜さんは13日目にも序の口全勝の大瑠璃と当てられて負けてしまい、
5勝2敗という、まずまずの成績で場所を終えました。
序二段なのに負けた2番がいずれも序の口って……

火曜日, 11月 15, 2011

北朝鮮 平壌のサッカースタジアム

じゃ、まずはまもなく(2011・11・15)日本戦が行われる「金日成競技場」、外観はこんな感じ。
Google Mapによる上空からの様子。

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大同江沿い、あーあのよく写真で見る凱旋門の側ですね。
収容人数が5万とか7万とか10万とか諸説あるようですが、
現在のは2代目で南北分断後の1969年に建設され1982年に改修したもののようです。
ちなみにこの地にあった初代は日本統治時代の1926年に建設されたもの、
もちろん「金日成」なんか記念してません。
「金日成競技場」になったのは改修した82年のことで、
それまではMoranbong(牡丹峰)競技場と呼ばれていたようです。
85年木村和司の頭蓋骨にエルボー一閃ヒビが入り失神KO事件の舞台でもあり
またあの2005年のW杯予選で日本対北朝鮮がタイでの無観客試合となるきっかけとなった
観客暴動付き北朝鮮対イラン戦の舞台でもあります。



次にあの大マスゲーム「アリラン」の会場ともなる「メーデー・スタジアム」の外観。
Google Mapによる上空からのご様子。

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さっきの「金日成競技場」からもほど近い大同江に浮かぶ中州「綾羅島」にあります。
北東側にサブのコートが4面ほど、そのさらに北東に何に使うのか分からない、謎の目盛りがついたコートが見えます。
ほぼ間違いなくマスゲームの練習やリハするとこですね。
収容人数はざっと15万と言われておりますが、観客席だけじゃなく、
解像度320×240、世界唯一の人力QVGAディスプレイといわれるアレのスペースも含んでますよね。
健介と鬼嫁のなれそめともなった95年の「スポーツと平和の祭典」の時は
フィールド部分の客席も含めて2日間で計40万人近くが入った、
と新日が言った、
と東スポや週プロに書いてありました。
オープンは89年のメーデーです。
時々テレビで朝鮮中央放送のニュース画像がやってますね、おばちゃんアナが咆哮するやつ。あれの背景の右奥にうっすら見えてるのもこれかと思われます。


そして「羊角島スタジアム」、外観画像はあまりいいのが無いので Panoramioからパクってきましょう。
Google Map ではこんな感じ。

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島の北東側に9ホールの実につまらなさそうなゴルフコースが見えるあたり、ワクワクしますね。
この島も大同江の中州でスタジアムの位置で言うと10kmほど下流です。
今年のウズベキスタン戦もタジキスタン戦もホームゲームはここ使ったんですけど、
そしたら芝が痛んだようで、日本戦は別のとことなりました。
キャパは3万、9月のタジク戦は28,000人、10月のウズベク戦で29,000人入ったようです。
1989年完成。


あとですね、「西山(Seosan)サッカー競技場」ってのもあります。
Google Mapだとこんな感じ。

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これも大同江沿いにありますね、中州じゃないですけど。
北側にサブのコートが1面、ちゃんと方位も合わせてあります。
情報が少ないんですけど、以前はこんな感じだったようです。
照明灯の逆三角形が横浜スタジアムをみすぼらしくしたみたいで味わいあります。
ところがこれが改修されて、今年の4月にはこんななってたみたいです。
またPanoramioからのパチリンクですけど。
88年完成、キャパ25,000人、
去年あたりから改修を進め、天然芝を人工芝に張替えたそうです。
小さいですけど取りあえずピッチの画像を


あ、人力じゃないディスプレイありますね。